虚ろな目でティアナは《《其処》》を凝視した。ロットバリーの腕に添えられるマリアンヌの手。その場に居た皆が開いた扉を振り返り佇むティアナを見る。「ティア」「⋯⋯」「⋯ティアも招待されていたんだ!良かった!姿がないから」ロットバリーの言葉にティアナは息を呑んだ。ティアナは招待など受けていない。「いや⋯これは⋯その⋯」ロットバリーの友人であるヒラリー子爵家のリッドがティアナに途切れ途切れに話すのを不思議そうにロットバリーは見る。「リッド?」「バリーすまないティアナ嬢は招待していない」「!⋯⋯どういう事だ?」「ロット落ち着いて⋯」「その呼び方は止めてくれと言ったよねマリ」5人ほど居たその場の者は皆がそのロットバリーの言葉に目を瞠った。ティアナは訳が解らなかったが解ることはロットバリーの腕に添えられたマリアンヌの手であった。何時までも其処から目が離せない。その視線に気付いたロットバリーは自分の腕を見て慌ててマリアンヌの手を解く。その様子からティアナはその行為が無意識の物だと解った。「違っティアこれは違うんだ」ロットバリーが必死に弁解を始めようとしたがティアナはゆっくりと首を横に振った。「よく解らないけれど⋯ロットはお休みだったのね」そう言って踵を返し食堂を後にした。暫く呆然としていたロットバリーは「ハッ!」と気付きティアナを追いかけた。後に残ったロットバリーの友人達はお互いに目を合わせながら困惑していた。今日のロットバリーの休みは昨日突然決まったものだった。魔法省の同僚でもあるリッドが急遽計画して、ロットバリーの男爵継承のお祝いをする事にしたのだ。メリーナが亡くなった事で継承式などはしていなかったからだ。昨夜から計画を練りロットバリーにサプライズを仕掛けた。食べ物や飲み物なども持ち込んで簡単なパーティーをしていた所にティアナが入ってきたのだった。この計画を魔法省の休憩室で話している時に偶々通りがかって、参加することになったマリアンヌを気遣いティアナを招待しなかった事がリッドは悔やまれた。本来なら当然婚約者であるティアナは招待するべきだ。極々近い仲間内だけでするならばマリアンヌは仲間に入れるべきではなかった、ティアナを呼ばないのであれば尚更だった。そんな事は解っていたのにリッドはマリアンヌの恋慕に同情してしま
その日の夜トラッシュ公爵家に訪ったロットバリーの口元にはテープが貼られていた。丁寧に公爵に挨拶をするロットバリーへ向けて彼は訊ねた。「如何したんだ?男前になって」「いえちょっと友人と口論を⋯」「ハハ報告は上がってるよ」その言葉にティアナは驚く、何故なら彼女は何も話していないからだ。何処から漏れたんだろう。「何だティアナは知らなかったのか?公爵家から使用人を三人スティル男爵家に送っているよ」「⋯どうして⋯」「まぁ取り敢えず部屋に行こう。久しぶりに客人を出迎えて緊張したよ」公爵ともなれば王族以外に出迎えなどはしない。ロットバリーの訪いは公爵にとって歓迎するものであったようだ。「本日は訪問の許可を頂きありがとうございます」トラッシュ公爵家の応接室は重厚かつ絢爛な作りと内装であった。其処に置かれた家具も装飾はスッキリとしてはいるが上質な革が張ってあることは一目瞭然であった。その一つに進められて座る前にロットバリーは公爵へ頭を下げて礼を述べた。「娘の婚約者が来るんだ当然歓迎するよ」そう言う公爵は上機嫌だった。まだ婚約者であるから当然ティアナは公爵の横に座る。対面に座って此方を見るロットバリーの口元が痛々しい。「一つは人手不足、もう一つは娘の将来の旦那の健康管理のためだ」公爵が開口一番、話し始めたのは先程のティアナの疑問についてだった。「男爵家は文官貴族だ、ティアナ文官貴族は当主の地位によって大きく変わるんだよ。其れはわかるだろう」「はい」「だから彼は先ず経費の削減をしなければならなかった。其れをするのは致し方ない事だ。先ずは使用人に辞めてもらった」「⋯⋯」「スティル男爵家は他の文官貴族よりも今までは裕福だったからね、メリーナは割と多く雇っていたんだよ、普通の男爵家にあんなに使用人はいない。でも急に人手不足になったら残る使用人も困るだろう、そして残ったのは年配の使用人が多かったしね。だから十分に家が快適になるように考えて手配したんだ。家が上手く回らないと不健康になるからな」トーマスやミリーは残ったがその他数人も残っていた、だが彼らは若かりし頃からのメリーナに付いていた者たちだ。それなりに年も重ねている。「そうなれば其れは婚約者の出番だ、だろうティアナ」「⋯そうですね、私が手配しなければならなかったのに」「おいおいテ
三人で晩餐を囲んで楽しい時を過ごしロットバリーは帰っていった。帰り際、ティアナを抱き締めて公爵に苦言を呈されたが、どこ吹く風で却って力を込めていた。「ティア俺を信じて」ロットバリーの言葉に頬を朱に染め上げたティアナは頷いた。寝支度をしてベッドに入る前にティアナは窓際に立ち外を眺めながら、応接室での遣り取りに思いを馳せる。「少しでも早く婚姻を結びたいです」それがロットバリーの気持ちだった。(嬉しい)養父のトラッシュ公爵にハッキリとそしてキッパリと言い切るロットバリーが頼もしくキラキラと耀いて見えた。だが現実は甘くない。二人の思いにトラッシュ公爵は待ったをかけた。「フム、君の気持ちはよくわかったし解っているつもりだ。だがね現実的に考えて今直ぐ婚姻は出来ない。理由は幾つかあるね」トラッシュ公爵を見つめる二人。「一つはまだティアナが学生という事だ、私の庇護下にいるのに君と婚姻したら君はティアナの学園生活を維持出来るかい?」「其れは⋯」「まぁティアナにはメリーナが預金を残しているからね、其れを使えば問題はないんだが君は其れでいいのかな?妻が自身の金で通う事に抵抗はない?」「あります」「うん、無いって言ったら婚約者失格だったけど良かったよ、解ってくれて」「他にも?あるんですか?」今度はティアナが公爵に問うた。「あるよティアナ、君は貴族の子女としての勉強しかしていない、当然家事など出来ないだろう?」「⋯はい」「今ロットバリーに嫁ぐという事は、家事も行う事も視野に入れて動くべきだ」「⋯⋯」「まだ魔法省の下っ端の彼には君を十分に養うほどの力がないんだ。その基盤が出来ていない、勿論援助は出来るよ。でも其れで二人ともいいのかい?親に援助してもらいながらの結婚生活を望んでいるのかな?スティル男爵にもティアナにもまだ早いだろうと私は思うよ。言っても詮無いことだがメリーナがいたらまた話しは違っていたけどね」公爵は容赦なく若い二人に現実を突きつける。「では私の生活の基盤が出来るまでは認めて貰えないのでしょうか?」「そんなことはない、ティアナが学園を卒業したらまた話しは変わってくるんだ。ティアナは君と婚姻したいだろうからきっと働く事は厭わないだろう?」「はい!働く事に抵抗はないです」ティアナの力強い言葉に公爵は苦笑する。「うん、そうすれ
父親の|魔法念写《写真》がある部屋は邸の奥まった所に位置していた。部屋の中は真ん中にラグが敷かれロッキングチェアが一つ。出窓が一つあり重厚なカーテンが備えられていた。其処には小さな花瓶が存在するが花は飾られていなかった。壁際には一つのソファと小さなチェスト。チェストに少しの本とスケッチブックらしき物が数冊。ロッキングチェアに座ると壁にかけられているその|魔法念写《写真》がよく見える。この|魔法念写《写真》を飾る為に在る部屋なのだとティアナは思った。この部屋はティアナの部屋からほど近い。おそらくこの部屋の近くにティアナの部屋を用意してくれたのだと考えられる。家令の名前はラスリスと教えてもらった。父の侍従だった彼はきっと父と母の事をよく知る人物なのだろう。ティアナは小さな花瓶を手に取り部屋を出た。先程庭で切ってもらった花を活けて部屋に置かれた様子を想像する。満足したその顔には笑みが浮かび側にいたモリナも安堵した。先日男爵家での出来事はモリナにとって衝撃だった。モリナはサリバン公爵家に赴いたティアナに付いては行ったが、話しの内容などは聞いていない。だから帰り際の馬車に乗る前に行き先が男爵家と聞いて不思議に思ったのだった。口数の少ないティアナを心配していたが、男爵家に着き久しぶりに会えた弟のアルトと庭先で話しをしている途中で、ティアナが邸から出てきて驚いた。あまりにも早かったので何かがあった事もすぐに解った。ティアナを追いかけてきたロットバリーとの会話を邪魔しないように、アルトとの会話もそこそこに直ぐに馬車に乗り込んで待っていた。待っていたが馬車の小さな窓から外を伺うことも忘れなかった。そして木の影にマリアンヌが居たのを気付く、マリアンヌの後方に弟のアルトも居た。(あの女の人は誰なんだろう?)ティアナからは何も聞いていないので女の正体はモリナには解らない。だがなんとなく嫌な予感もしていた。そんな事があったから少しティアナの様子を心配していたのだが、花を活けるティアナの微笑みは憂いが無いようだったので安心したのだ。「お嬢様」声をかけてきたのはラスリスだった。「その花瓶は⋯」「お父様の部屋にあった物だけど⋯あっ!持ち出しては駄目だったかしら?」「いえ花を活けたのですね」「えぇお父様にも見えるかしらと思って、お花が
ラスリスの薦めでティアナは養父の執務室へ向かった。ノックをすると彼の執事が扉を開け部屋に招き入れてくれる。「どうしたんだい?」マキシム・トラッシュ公爵は執務机に座ったまま顔だけこちらに向けて訊ねた。「あの⋯お話しをしたくて⋯お忙しいのでしたら出直します」「んー何時も忙しいからなぁ。だったら今でも構わないだろう?」マキシムは彼の執事に向けて言っていた。「よろしいですよ、明日頑張って頂きますので」「だって!ティアナ其処にお座り」マキシムに促されティアナはソファに腰を降ろした。手際よく執事がお茶を入れてくれる。オレンジの匂いがするお茶だった、ティアナは飲んだ事がなくて執事の顔を見ると「オレンジティーです」なんの捻りもなかった。一口飲むとオレンジの甘味が口に広がる。「美味しい」「お口に合ってよかったです」執事とティアナの遣り取りの間、まだ書類と格闘していたマキシムが、「おっ!」と言いながらソファに座った。出されたお茶は普通のアールグレイ。「何だ!私も疲れているんだオレンジティーにしろ!」「少し甘い物を控えた方がよろしいでしょう」執事はそう言ってお茶菓子で用意したであろうクッキーやショコラの乗ったお皿を、ティアナの前へすっと移動させてあろうことか監視するようにマキシムの対面であるティアナの後ろに移動した。「何だ!その徹底ぶりは!大体疲れたら甘い物が欲しいだろう、だから口に入れるのだ。仕事をセーブしてくれたらそんな事もない!」「⋯⋯」無言を貫く事に決めたであろう執事を見てマキシムは溜息を付きティアナを見た。「ティアナ⋯将来ティアナに付く執事は私が吟味して優しい奴をつけてやるからな」その遣り取りに気持ちが解れたティアナが微笑むとマキシムが上機嫌で話す。「見たか!此方を見てたからお前には見えなかっただろう、ティアナの笑顔は可愛いな」「その可愛い人を見殺しになされようとされたのは何方ですか」「またその話しを蒸し返すのか!」「ずっと蒸し返します、お迎えが来るまで」「解った!降参だ。ティアナ改めてあの時は申し訳なかった、この通りだ許して欲しい」マキシムが対面にいるティアナに頭を下げて許しを乞う。ティアナはすっかり忘れていたのであの時がどの時かピンと来ていなかった。だが兎に角マキシムの頭を上げさせなければならない。「あ
「おいヒューイ如何するんだ!ティアナが固まったぞ」「刺激が強すぎたでしょうか?」何食わぬ顔のヒューイ事執事、いや執事ことヒューイはティアナの肩を後ろからトントンと叩いた。耳は聞こえているが顔が固まってしまったティアナはその肩叩きで「はっ」と我に返って瞬きをする。「良かった戻ったか」マキシムの安堵の声にティアナは弱々しく微笑むと立ち上がりヒューイに向かって頭を下げた。「知らない事とはいえ無礼にも執事の方だと思ってしまいました。申し訳ありません」「ティアナ様、執事で何も間違っておりませんよ」そう言ってヒューイは微笑んだ。だがティアナは首を傾げる、それでは何故マキシムは養子になって公爵家を継いでいるのだろう。「ティアナ、クロードの事の前にトラッシュ公爵家の事を話そうか」マキシムはまたもやティアナの思考を読んだように心の中の疑問を教えてくれようとする。少し上目遣いにマキシムを見ると彼は微笑んでいた。「トラッシュ公爵家は魔力で作る家なんだ」そう言ってマキシムは話し始めたが、ふと気付いたようにヒューイに座る様に促した。彼は今度は素直に聞いて一人がけ用のソファに身を沈める。「この家は特殊なんだ、先ずはこの国の魔力、魔法について教えようか」昔からこの大陸全土で魔力は当たり前に存在していた。この国でも貴族は普通に使えていた。だがいつからか解らないが貴族の中で政略結婚を嫌がる風習がこの国で蔓延ってきた。つまりは決まっていた婚約者ではなく他の者と不貞を働き婚約破棄をする風習の事だった。初めは婚約破棄した不貞を働いた者は、後に廃嫡されたり貴族籍を失って平民に落とされたりと罰を与えたりしていたが、ある時からそのまま不貞を働いた者を跡継ぎにしたりしても何も言わなくなった。何故なら王家が王太子の不貞を容認してしまったからだ。王家が許したら貴族は皆右へ倣いだ。何故なら皆幾ら不貞を働いていても己の子供を廃嫡するのは忍びなかったから。子供を甘やかした結果だった。不貞を働いた相手は大体子爵家以下の貴族、中には平民を連れてきて婚姻を結ぶ者も出てきた。そうしていくうちに貴族家の中では魔力を持たない者が生まれてきて、どんどん魔力持ちが減っていった。生活の基盤は魔力石を使用した魔導具が主なこの国では魔力石に魔力を吹き込めない者が増えてくると死活問題だった
「クロードがとてつもない力を持っていたのは生まれた時からだったんだ、吃驚したよ邸が光に包まれたからね」その時のことを思い出してマキシムの目線は|空《くう》を見つめていた。「クロードが生まれても私は養子のままだったよ、夫妻は私を長子として尊重してくれた。だがクロードが居るからね、私の本当の父である王弟にも私は長子だったんだ、しかも一人息子だ。泣く泣くトラッシュ公爵に渡した息子を取り返したかったんだろう、私が12歳の時養子縁組は解消されて私は本当の家に戻ったんだ」マキシムの子供時代の話しは聞いていて辛くなるものでもあった。ティアナも養子に出されているからだ、理由は正反対だが⋯。「だから私とクロードは兄弟のように育ったんだ。クロードは賢い子だったよ、自然がとても好きな子でよく絵を書いていた。私が家に戻って離れても、うちにもよく遊びに来ていた。リサリディを連れてね」「お母様を?」「あぁ私が学園に入った年だからクロードは10歳でリサリディは7歳だった。学園の前で私を待っていたんだよ」ティアナは幼い二人を思い浮かべるが想像がつかない。「クロードとリサリディの件はクロードの反抗のような気がするんだ、それと私に対する気持ちかな」「お義父様の?」「本当の親から離されて育った私が国の都合で親元に返されたのが気に食わなかったんだろうね、あとヒューイの件もあるかな」ティアナは執事を見る。「ヒューイは生まれた時から魔力が無かったから直ぐに養子に出されたんだ。伯爵家にね」国の都合で振り回される子供達、其処に楔を打ち込みたかったのではないかとマキシムは言う。「ヒューイは伯爵家の跡取りとして養子に出されたんだ、それでも公爵は愛情もあったと思うよ、ヒューイの教育全般にかかる費用は公爵家持ちだったからね。でもヒューイの養い親である伯爵家はヒューイを蔑んで育てた。その筆頭がクロードと結婚したミリアだ」「!」「伯爵家はヒューイを引き取る時に条件を出した、クロードとミリアの婚約だ。そして公爵家もそれならばヒューイを後継にしてくれと言った、そういう条件の婚約だったんだよ。それなのにミリアはヒューイを虐めて蔑んでいた、挙げ句の果てにはクロードとミリアの結婚式の当日にヒューイを伯爵家の籍から抜いたんだ」「では⋯」「そうそのせいでヒューイは平民になる所だった。伯爵は秘密裏に籍
その日ティアナは庭師に倣い花に水遣りをしていた。暑さに負けないようにとたっぷりと振りまいているとふと耳に誰かの声が届いた。「綺麗だな」周りを見渡したが誰もいない様で不思議に思ったが空耳かとその後は気にしなかった。ロットバリーとの婚姻に向けてティアナも準備を始めようと思った。丁度夏期休暇だから時間はある。ラスリスに頼んで厨房に入らせてもらった。「お嬢様が厨房に入るなんて」「出来るのですか?」「遊び感覚なら迷惑だ」厨房で働く者たちの尤もな声が聞こえたがラスリスが皆を抑える。「ごめんなさい、私が嫁ぐ先は男爵家なのです。ですから何もかもを出来るようにならなければ行けなくて⋯ご迷惑でしょうが教えて頂けませんか?」ティアナの言葉に、並んだ使用人の端にいたメイド長が進言する。「お嬢様それでしたら家庭料理でよろしいのでしょうか?」「えぇとごめんなさい、違いが解らないの」「ここで作られるのはお邸の方の料理ですので大変手の込んだものです。ですが私達が家で作る物は焼くだけとか煮込むだけとか単純なものです。お嬢様が習うのは万が一を考えてという事ですよね」「えぇそうお義父様も言っていたわ」「でしたらお嬢様さえ良かったら料理長ではなく私どもメイドがお教え致します」メイド長のサラに言われてティアナは考えた。ティアナが料理をする事になるのならば、其れは男爵家が貧困に陥る時だ、で有るならば高級な食材は買えない。サラの言う言葉が真理だ。「ありがとう、よろしくお願いします」そしてトラッシュ公爵家の敷地の隣に建てられた使用人の家に案内された。建物は独身用、夫婦用、家族用と3棟建てられておりトラッシュ公爵家の使用人の待遇はとても良いのだろうと思えた。サラの家は夫婦用であった。夫は公爵家の料理人だと教えて貰った。「料理人にとって厨房は神聖な場所らしいんですよ、お嬢様がお遊びでないくらいあの人達も解っているんです。それでもやはり立ち入って欲しくは無かったのかと思います。申し訳ありません、公爵家のお嬢様にとんだ不敬を働いてしまって」「いえいいの、私が考えなしだったの。でも仕事の手を止めさせて⋯サラにも申し訳ないわね」「大丈夫でございます、本来ならお嬢様は命令するだけで良いのに《《頼んで》》下さいました。だから今日からはメイドの皆で交代に教えますね」サラか
ディアナ・ルーストの処刑から半年後、二人は帰国した。|写真《父》の部屋で何時ものロッキングチェアに座り、いつものように父を見上げるティアナ。帰国前にメイナード夫人との会話を思い出す。ティアナは夫人に自分の死なない体のことを『起死回生』という魔法の事を訊ねてみたのだ。メイナード夫人はその魔法の事を知っていた。そしてそれを聞いたティアナは父の想いを知ることになった。『起死回生』という魔法は他者に自分の魔力を分け与える物だという。自分の死の間近に発動する渾身のもの。ただ人は死ぬ時にやはり自分の生を願う。それほどの力が有るならば瀕死でも治癒が使えたのではないかとメイナード夫人はティアナに教えてくれた。自分の生を反故にしてもティアナの事を思って自分の魔力を捧げてくれた父に何とも言えない気持ちがティアナに湧いて来た。ティアナが魔力を持っていたらクロードの魔力がそのままティアナに受け継がれていた事だろうと、残念ながらティアナは魔力持ちではなかった為『起死回生』のみが体に宿ったということらしい。「お父様⋯私、お父様に生きてて欲しかった。治癒が出来て生き延びる事ができるのであれば私に渡すのではなくて、治癒して生きてて欲しかった」クロードが渾身の魔法で半分はティアナへ、あとの半分で元妻を死に至らしめた事を知らないティアナは、写真に懇願するように話しかけていた。(ごめん)聞こえる声はきっとティアナの中に残るクロードの魔力から発せられているのでは?とメイナード夫人は言っていた。何故かそれが自分の腹に有ると決めつけたティアナは両手でお腹を擦り亡き父を思うのであった。──────────────帰国したティアナは学園には通わずそのまま卒業試験だけを受けて卒業した。悲しかったけれどルルーニアとはあのままだった。彼女からの手紙の返信には『ごめんなさい』と一言だけを送った。いつかマリアンヌが立ち直り回復するまでは会えないと思う。ティアナの事を恨んでいるかもしれないけれどロットバリーと少しも軋轢を生む行為はしたくない。義父であるマキシムの言うとおり無理難題を押し付けているのはサリバン公爵家なのだから。それから二人は結婚式に向けて途轍もなく忙しくなった。ロットバリーは魔法省を辞めて次期トラッシュ公爵に成るべく後継者教育にも励まなければならなかった。テ
ソルジャー王国ではメイナード公爵家の別邸に滞在させてもらうことになった。前公爵夫妻の住まいは落ち着いた雰囲気で中で働く人たちも働き者ばかりであったので、ティアナは何不自由なくその邸で過ごせていた。前公爵夫人に庭園にてお茶会に呼ばれたのだが、その庭園は圧巻の出来であった。計算しつくされたように設置されてるガゼボには過ごしやすいようにソファなども置かれている。ここへ来てティアナとロットバリーは別行動となっていた。ロットバリーの魔力解放と魔法への指導に魔力のないティアナが助けになる事も同じく学ぶ事もないからだった。ティアナは単に観光に来たように過ごしていた。だがその日々はティアナには癒やしの日々でもあった。幼い時からの精神的な苦痛や最近の洗脳による疲弊でティアナの脳も心もクタクタになっていたのであろう。何もせずにただお茶を楽しみ観劇をして、街中でショッピング。偶にメイナード公爵の幼い二人のご息女と継嗣に遊んで?貰う。それらは確実にティアナの心を解きほぐしていった。ソルジャー王国で過ごして一ヶ月が過ぎた頃、緑髪の紳士この国の王宮魔術師団長であるロバットにティアナは話があると言われた。呼ばれた部屋には現メイナード夫人のアディルとその側近であるマリーも一緒にいた。「ティアナ嬢、呼び出してすまないが⋯貴方には選択をしてもらおうと思っている」そう切り出したのはロバットだった。この国に拘束していたディアナ・ルーストの処遇が決まったそうだ。「彼女ね、全く話さなくてそのままでは証拠不十分で大した罪には問えなかったの」アディルが話してくれたのは、精神干渉は魔力残滓だけでは証拠にはあまりなり得ないそうで、それに本人の自供がくっついて罪に問われるそうだ。だがディアナはこの国に来てからも口を閉ざしてしまった。だが危険な彼女を野放しにする事も出来ないし、秘密裏に消すなんてことは王命でも他国のことだから口が出せない。だからこの国の禁術で彼女の過去を調べたそうだ。そして彼女が三人の殺害、二人の洗脳、その他にも脅迫などの余罪もあったけれど、三人の殺害という時点で死罪は確定したそうだ。「君達の国は魔法の知識はお粗末だったけれど、この国にはない技術も持っていた、今回それと引き換えにロットバリー殿に魔法の指南をする事にしたんだよ」ソルジャー王国も魔力持ちはそん
夕食後マキシムから執務室に呼ばれた。ロットバリーのエスコートでティアナはソロリソロリと廊下を歩く。昼に読んだルルーニアの手紙から元気のないティアナをロットバリーが気遣う。「ティアどうかした?」かけられた声にそっとその方を見上げる。相変わらず背高のっぽの彼は心配そうな顔でティアナを見ていた。そんな彼を見て何時もと違う感情がティアナに湧き出る。(愛おしい)好きだ、大好きだ、愛してるそんな気持ちは随分前から思っていたけれど、庇護したい程に愛おしいなんて思ったのは初めてだった。その感情にティアナは少しばかり戸惑った。(自分の感情なのに私変ね)ただロットバリーを守りたいと思ったのは初めてだった。守られていたティアナが唐突にロットバリーを守りたいと思った。ロットバリーの心配そうな顔へ向けてティアナは首を横に振った。「何でもないわ、ただあなたの事がとてつもなく好きだなって⋯」頬を染め上げロットバリーに答えていた。執務室に辿り着いた二人は顔が真っ赤なままマキシムに促されソファに並んで腰掛けた。マキシムの話しは今後の二人についての話しであった。「ティアナ、以前このトラッシュ公爵家の成り立ちについて話したのを覚えているかい?」マキシムはそう切り出した。「えぇお義父様、魔力を持つ者だけが継いでいくという事でした」ティアナの返答にマキシムは頷いて微笑みながら次代はロットバリーに継がせようと思う、そうティアナに自分の決意を話してくれた。「ティアナの行方不明に尽力してくれたソルジャー王国の魔術師団と話して、このターニア王国が如何に魔法というものを廃れさせてしまっていたか気付かされたんだ」マキシムは苦い顔をしながら話してくれたのは、以前少しだけ見かけた緑髪の紳士との話だった。そしてこの国の魔力というものが、いつからか何の発展もせずに来たことを知らされた。まさか、マキシム達を宝の持ち腐れと揶揄されたとは驚きだった。ティアナなど魔力も持ち合わせていないのに⋯⋯。「魔力というものは持っているだけでは魔法が使えないそうだ、魔力を解放しなければ何の意味もないと言われた、その方法を我々の国は知らなかったから今回のような時に対応出来ないのだと思い知らされた」「では今回のディアナ・ルーストは⋯」「あぁ彼女は魔力の解放をしていて魔法を駆使していたんだ、だ
|お父様《写真》の部屋に花を飾って久しぶりにロッキングチェアに座り壁を見上げると、何時もと変わらずクロードの微笑みがティアナに降り注ぐ。先程事件のあらましをマキシムから詳しく聞いたティアナは今尚困惑の中にいた。マキシムからの話しに無いものがきっと洗脳部分だとティアナには解ったけれど、あんなにリアルな出来事が全て魔法だった事が信じられなかった。ディアナ・ルースト彼女が自分にどんな恨みを持っていたのだろうか?その動機の部分にはまだ自供が無くて不明なのだとか⋯。「お父様⋯私」それ以上写真の父に何を話していいのか⋯言葉に詰まってしまった。そしてミランダが御見舞に来てくれて、ルルーニアからの手紙を預かってきていた。その事もティアナの心に影を落としていた。どうやらマリアンヌも洗脳されていたようだ。それもティアナよりもかなり前から、ストーカー行為自体が洗脳による物だったと知った皆は、何故か当然のようにロットバリーに救いを求めた。支えてあげて欲しいと⋯⋯。それを頑なにロットバリーが拒んでいるのをティアナに説得して欲しいと認めてあった。無神経な親友の本当の気持ち。きっとルルーニアにとって姉のマリアンヌは大事な大事な道標だったのだろう。尊敬していた姉が洗脳によって堕ちてしまった。藁をも縋る思いでティアナに手紙を送った事が文面から伺えた。だが⋯気持ちは解るがティアナの心が拒否している。「ロットの気持ち次第だけれど⋯私は⋯嫌なの。だって私以外の人を支えるロットなんて見たくないし⋯でもねお父様。マリアンヌ様は食事もしないそうなの、家族の支えではどうにもならないとルルーは言ってるの。それを無視なんて⋯出来なくて⋯でも嫌なの、私⋯どうしよう」物言わぬ父に話しかけるティアナは答えを乞うけれど返事は当然返ってこない。ただロットバリーの愛の言葉を繰り返し思い出しては弱い自分の心に刻むのだ。ロットバリーの願いを叶えるために。『先ず大前提を覚えてほしい。それを脳裏に刻んでくれ!俺はティアを愛してるんだ』(ロット⋯これが今の貴方の願いよ⋯⋯ね?)
トラッシュ公爵家にそのまま帰ってきてしまったティアナは戸惑いを隠せなかった。数ヶ月前にはそこに住んでることが日常だったのに、知らぬ場所に連れてこられた感が否めなかったのだ。一つは公爵邸にロットバリーが住んでいることへの違和感だったかもしれない。そんなある日ティアナはロットバリーに誘われて公爵邸の庭園を散策した。エスコートではなくしっかりと握りしめられた手、巷で流行る恋愛小説の中に出てくる所謂恋人繋ぎで歩く庭園は恥ずかしさと戸惑いとそしてロットバリーから醸し出される安心感。ティアナの顔は真っ赤なまま庭園の端に設置された東屋に到着する。「ティア」呼び掛ける声は前のままなのに気持ちの変化があったのはティアナの方だったのかもしれない。「ティア、ゆっくりと話しをしたかった」その言葉で、こちらに帰ってきてから彼とは話していないことにティアナは気付いた。彼の願いはティアナの死だった筈なのにと、洗脳の解けている筈のティアナはまだ混同していた。「ティアは洗脳されていたんだ、だけど俺達にはどんな洗脳だったかが解らない。そして何故君があの場所に居たのかも解らないんだ。俺達の中では君は刺されたあと公爵家で治療を行っていた。それは覚えている?」「えぇ覚えているわ」「刺したやつの顔は?」「見ていないわ、何故刺されたのかも解らない」「その時ティアは何をしていたの?」ロットバリーはティアナに質問を繰り返していた。そういえば刺された時、彼は隣国に行っていて会っていないことをティアナは思い出した。「貴方とはあの時お話していないのよね?」「そうだ、俺はサリバン公爵令嬢の件でほとぼりが冷める迄と言われて隣国に行っていたんだ」「そう⋯そうだったわ、そうよね」胸の内でそうだと繰り返しながらその時の事を思い出そうとするが、途端頭痛がしてきた。痛みに顔を顰めたからだろうロットバリーがティアナの体を気遣う。「ティア無理はしないでいい、でもこうやって記憶を手繰る事こそが洗脳を解く鍵なんだ」「そうなの?」「あぁ洗脳は脳に干渉する、無い筈の記憶を植え付けるから解いてもそこに残ることがあるらしいんだ、だからこそ解いたあとにケアしないとそれがそのままティアの記憶にすり替わってしまうんだよ、解いたのに解けてない、それほど危険な魔法なんだ」「あっという間に解けるのではなくて?
お祖父様の何かしらの関係のあるメリーナ・スティル女男爵。その方の名前を頂いた私は祖父にとってどんな存在だったのか?代わりなのか、それとも憎々しい相手を忘れることのないよう自分を戒めるために付けたのか。まぁ今更考えてもしょうがない。私が取り戻したいのは幼い頃に母が優しく呼んでくれた“メリーナ”という響きを渇望しているからだ。ある日お祖父様に呼ばれて冊子を一冊テーブルに投げられた。「此処へ行け」一言で終わる会話。会話とは一言では成立しないのに我が家の会話はいつからかこうなった。それもこれもあいつに会ってからだ。空気の重い公爵邸、何時しか私の住むそこが公爵家の領地に建てられたものだと知る。弱い母には悪いけれど逃げられるのなら逃げたくて祖父に言われて可能な限りの最短で女学園の寮に移り住んだ。幼い頃に会った事のあるユアバイセン侯爵家のナタリーヌは始め私を見下していた。公爵家といえども王都にいる《《分家》》よりも力のない名ばかりの公爵。父をそう揶揄して私を馬鹿にした。私は魔法を開花してその頃には色々な魔法を自分で調べて使えるようになっていた。その夜私は彼女の部屋に転移して首を絞めた。鍵のかかった部屋に突然現れた私に慄き尚且つ絞首された彼女は私への絶対服従を誓う。笑いが止まらない。魔法さえあれば私は唯一だ!祖父が何の意図で此処に私を送ったのか暫くは気付なかった。学園が始まるまでの余暇で彼の男爵家に様子を見に行くとそこに住む可愛らしい私と同じくらいの少女が目に入った。丁度馬車に乗り込むところだったので後を付けると二人はデートしていたようだ。呑気なものだロットバリー!ターゲットを観察する、私には手足となって働く男手がない。それを見つけることも急務だった。ナタリーヌに男爵家を調べさせた。その少女はロットバリーの婚約者だった、そして彼女は女学園に入学予定。祖父が何を私に求めているのかが解った。解ったけれど言いなりになるのに少しだけ時間を擁した。葛藤したが結局は彼女を苦しめることがロットバリーを苦しめることだと思い、ターゲットを彼女に絞った。名前も気に食わなかった。祖父の気分で変更された名前、一文字だけ違うそれが何とも歯痒かった。メリーナの時は同じにしたのに何故この女の時は一文字違ったのか⋯それが呪縛のように感じた。お前
★side ディアナ・ルースト──────────────お祖父様のやってる事は私には理解の範疇を超えていた。まだ子供の私に何をさせたかったのかは今尚知る由もない。彼はもうとっくに鬼籍に入ったからだ。でも私達の苦しみは彼が死ぬまで続いた。幼い私にお祖父様が厳命したのは彼へ付かず離れずで近づく事。今考えてもそんなの8歳の子供にさせようとしたお祖父様がおかしい事は明白だけれど、その時の私は鞭で打たれるのが怖くてそれに従っていた。はっきりとした顔合わせはユアバイセン侯爵家の茶会でだった、その時に名乗った。それからも色々なお茶会で会うたびに挨拶はするけれど特段親しくならない様にしていた。ただお茶会の時には王都に来れるのでそれはとても嬉しかった。そんなある日激昂したお祖父様に叱責される。片手には鞭が握りしめられていた。12歳になっていた私は幾度となく鞭打たれる母を見せられていたから、手に握られた《《それが》》普段と違う鞭だと気付いていた。普段私を叱責する鞭は短めの細い物だ。長く撓るそれは《《母用》》の物だ。何度も何度も大声を出しながら打たれた。顔を避けているのは意識が朦朧としながらも解った、お祖父様の鞭打ちながらの言葉でどうやら縁談を断られたのも解った。断られた縁談の罰が私に向かうのは理不尽だと思ったけれどそんな事が通用する人ではない。黙って打たれていたけれど何時しかもう何も私の目には映らなかった。目が覚めた時には汚い床に転がされていた。痛くて痛くて腕に残された鞭の後を手で撫でながら治ってと祈ると手から光が溢れた。そしてその部分が治ったのだ。その時に初めて魔法が使えた。何故かなんて解らない、突然使えるようになった魔法は私の中でこの歪な生活が終わる事の出来る物だという希望を生んでくれた。「これは隠さなくては⋯⋯」手を翳して祈るだけでは駄目だった。治ったのをイメージする事で光が発動する事がわかる。特に痛いところだけ治して後は放置した。傷だらけの私が治療もせずに治れば怪しまれると思ったからだ。生き延びるまで何としても隠さなければ。そして私はこの理不尽な仕打ちにロットバリーという人物を呪った。あいつが縁談を断らなければこんな事にはならなかった。首尾よくできなかった父の代わりに母が鞭打たれただろう事も予想していた。祖
★side ディアナ・ルースト※一人称で進みます──────────────私の記憶の初めは“音”だ。ピシッピシッ!としなり、打ち付ける鞭の音。母様が父様に打たれる音私はその音をお祖父様の膝の上で聞かされる。私の家は公爵家だけど王都には住んでいなかった、それがおかしい事に気付かされたきっかけは使用人のコソコソ話しだった。「お嬢様に縁談の話しが来たそうよ」「えっ?こんな所に?」「それが今、24歳のほら⋯問題起こした⋯」「あぁ問題起こした息子に、捨てられた公爵家の娘を充てがうのね。それって⋯」「そうよ子孫さえ残せばいいってね」「まぁこの《《分家》》の公爵家が残されてるのもその為だものね」この使用人の話しを聞いたときの私は6歳でその時はおかしいとは思わなかった。ただ耳には残っていた。私の横で一緒に聞いていた乳母の繋いだ手に力が篭ったから痛くて覚えていたのかもしれない。この話しをしていた使用人は後日死んだと聞かされたのだけど大人になって始末されたのだろうと思い至った。歪な公爵家で育てられた私は年に数回だけ領地から王都に行けるときがあった。彼に初めて会ったのは私が8歳の時だった。王都には沢山の店が並んでいて滅多に来れない私はワクワクしながら店を物色していた。お祖父様と連れ立ってその洋装店に入って試着室で採寸をしてもらっている時に、店の中で待っていたお祖父様がその試着室に突然入ってきた。採寸している針子と私に「しっ」と言いながら人差し指を口元に充てて怖い顔をしていた。吃驚して呆然としている私達を尻目に、お祖父様はそっとカーテンを少しだけ開いて店内の様子を伺っている。その開いた隙間から私も店内を覗いてみた。そこには綺麗な女の人とその人に連れられて来ていた綺麗な男の子が立っていた。女の人は店員と話していて男の子は退屈なのか珍しいのかキョロキョロと店内を眺めている様子だった。その時一瞬目が合ったと思った。でも直ぐ反らされてその子は此方から後ろ向きになる店内に置かれたソファに座ってしまった。結局お祖父様はその人たちが居なくなるまで試着室から出なかった。会いたくない人なのかなと思ったけれど、その人たちが出た後、凄い勢いで私を置いて店を出てしまったから私は唖然として、そして途方に暮れた。採寸の続きをされていてもこのまま迎えに来な
路肩で待機していた迎えの馬車に乗っていたのはマキシムだった。久しぶりに見る義父は離れる前に見た時よりも歳をだいぶ重ねたように見えた。未だロットバリーに抱きかかえられたままのティアナは馬車に乗り込む時もそのままだった。「あっあのもう降ろしてください」「⋯⋯」ロットバリーはただ何も言わずに馬車の中では目を閉じたままだった。縋るように義父を見たが、彼は黙って呆れるようにロットバリーを細めで見つめてから、溜息をつきながらティアナに向けて首を横に振る。この状態が何時まで続くのか、そして自分を《《嫌っていた》》二人が何をしにこの海辺の|キャリバン領《街》に訪れたのか。そして⋯自分は何故彼に抱かれているのか?さっぱり解らぬティアナは何時しか考えるのを放棄して目を閉じた。暫く馬車で走って次に降ろされたのは大きな邸だった。客間と覚しき部屋へロットバリーに抱えられたまま連れて行かれ、その部屋の椅子に座らされた。そこには緑髪の壮年の紳士が白いマントに身を包み待っていた。座らされたティアナにいくつかの質問をしたのだが、答えるのを憚る質問にも関わらずティアナの心に反して口は滑らかに答えるのだった。そのうち彼の手から光が発せられたのまでは覚えているが、その先は猛烈な眠気に襲われてティアナは意識を保てずに目の前が真っ暗になった。──────────────「間違いないですね」緑髪の男ロバットが口を開く。「解除は出来ますか?」「それは簡単に出来ますが、その間の記憶が洗脳だった事を解くのは精神的に本人に辛い目を合わせますよ。恨み妬み嫉み。洗脳で容れられてしまった記憶を洗脳だと認識するには周りの人の献身が一番の薬です。解除の後のフォローはお二人に掛かっていますが忙しいからとお座なりにしないで頂きたいのですが⋯⋯大丈夫ですか?」ロバットの懸念はロットバリーに向けられる。「サリバン公爵令嬢は家族に任せればいい、俺の家族はティアナだけだ」ロットバリーの言葉にロバットは「ふぅ」と一つ溜息を付いてマキシムを見る。マキシムはその瞳に気付き苦笑して頷くと、それを見たロバットが「解りましたよ」そう言いながらティアナの頭に手を翳し始めた。その手から放たれる黄色い光がティアナの頭に靄をかけて、暫くの時間ロットバリーとマキシムは固唾を飲み見守るのだった。ティアナが目覚めて